宇野千代生家
生家は、錦帯橋から徒歩20分の旧山陽道沿いにあります。宇野千代自身によって、昭和49(1974)年に、ほぼ昔のままに修復されました。 現在の庭は梅、桜、紅葉、苔で彩られる日本庭園となっており、毎年秋には宇野千代を偲んで茶会が開かれます。 小説「薄墨の桜」のモデルとなった、岐阜県根尾村の老樹(樹齢1400年)に由来する桜も植えられています。
錦帯橋
千代は知人に宛てた手紙に錦帯橋のことを次のように紹介しています。 「わが故郷岩国の錦帯橋は私にとりまして、日本中に自慢しても自慢しきれないほどの大切な橋でございます」 錦帯橋は江戸初期の1673年、岩国3代藩主・吉川広嘉により創建されました。その後、洪水により流失しましたが、改良を加えて翌年には再建され、昭和25年(1950)に台風により流失するまでの276年間、流されることはありませんでした。現在の橋は、昭和28年(1953)に再建されたものです。 錦帯橋は国指定の名勝であり、日本三名橋の一つに数えられています。 橋の長さは、約193メートル(橋面に沿って約210メートル)、幅は約5メートル。 春は桜、夏は鵜飼いや花火の夜景、秋は城山の自然林の紅葉、冬は雪化粧と、四季折々の色彩豊かな景観が楽しめます。
岩国学校教育資料館
1871年に建てられた藩立岩国学校の校舎です。その後、岩国尋常小学校となり、千代も通っていました。 この校舎では、東芝の創始者・藤岡市助や小説家・国木田独歩なども学んでいます。 現在は、当時のさまざまな教育資料や民俗資料、郷土資料が展示されています。
教蓮寺/宇野千代の墓所
宇野千代生家近くにある浄土真宗西本願寺派の寺で、宇野家の菩提寺です。 千代の墓所は本堂の前にあります。 かたわらには淡墨の桜と紅葉が植えられています。 毎年、命日の6月10日には「薄桜忌(はくおうき)」といわれる法要が行われています。
